sealer del sol (シーラーデルソル)

Guapo!WEBマガジン[グアッポ!]

vol.38

東京パラリンピック代表確定に至る共走
~EPISODEⅠ高田千明~

『パラリンピック』日本代表高田 千明

photograph / Shuji Tonoki
text / Rika Okubo

互いに対して思うのは、“信念がぶれない強い人である”ということ。
耳が聞こえない&目が見えないプロアスリート夫妻

高田裕士・千明夫妻は多数のメディアで取り上げられる聴覚障害・視覚障害を持つプロアスリート夫婦だ。
夫の裕士はデフリンピックに3大会連続出場中の400メートルハードル日本記録保持者、妻の千明は、リオ大会に続き、東京パラリンピックも日本代表に選考された走り幅跳び・100メートルの日本記録保持者である。
二人の間には一人息子の諭樹くんがいる。

恐怖心と戦いながら

東京パラリンピックに出て、今の記録をもっともっと更新して、5メートル以上跳んで、表彰台の一番高いところに立つことをずっと目標にしています。
東京パラリンピック代表に内定した世界選手権では、4位という結果でした。距離と順位は正直自分の納得のいくところには到達していなかったんですが、3位との差が5cm。
もう少し手を伸ばせばメダルに届くという確信を持つことができた大会でした。
私の挑戦している走り幅跳びというのは、全く目が見えていない状態で更にアイマスクを着用して光の視覚情報も遮断し、音だけを頼りに全力で走って踏み切って砂場に着地するという競技になります。
見えていれば走って飛ぶのは造作もないことだけれど、想像するだけでこわいとかイメージすらできないと言われることも多いです。
正直私もつい最近まで恐怖心が消えず、踏み切りに入れないようなこともありました。

よき指導者と乗り越えた道のり

私自身、目が見えないので走り幅跳びを実際に目にしたことがないんです。前回のリオパラリンピックに出場後、東京パラリンピックに照準を合わせるため池田(現姓井村)久美子さん(北京オリンピック走り幅跳び日本代表)に師事するようになったのですが、4ヵ年計画でフォームの改善に取り組みました。
くみさんに、走り幅跳びの踏切姿勢・空中姿勢・着地姿勢をコマにしていただき、実際に手で触らせてもらって正しいフォームというもののイメージを作り上げていくことからスタートしました。そこから最終的に自分の身体の動きを想像していくのですが、自分の身体の動かし方も、理解できるまで言葉や表現を変えて説明してもらい、正解と不正解の形を実際に触らせてもらうことを繰り返しました。顔の位置・手の位置・膝の位置・足首の角度に至るまで何万枚にもなるコマを自分の身体へ刷り込んでいくのには膨大な時間がかかりました。
くみさん自身が走り幅跳びの現日本記録保持者であり、尊敬する選手であることはもちろんなのですが、人としてもとても素晴らしい方なんです。一つ質問をしても納得のいく答を必ず返してくれる。五輪で結果を出すためにとことん追求してやってこられた方の仰ることは間違いないと心から信頼して4年間師事してきました。
走りについては、10年以上大森盛一さん(バルセロナ五輪・アトランタ五輪400メートル・1600メートルリレー日本代表)にコーチをしていただいているのですが、お二人のタッグに支えていただいているのは本当に幸せなことだと思っています。

原動力は、息子。

息子の諭樹は、東京パラリンピックに向けての一番の原動力ですね。出産は、周囲の反対を受けたり自分の夢にとってみても大きな転換期でした。子育てをして、生活を守って、競技の練習を継続するのは本当に大変で、結果も出せずに単に意地で練習を続けているようなところもありました。
諭樹が4歳になった頃、お友達に対して「ママは目が見えなくても他のお母さんと変わらないし、走るのも速いし高く跳べてすごいんだよ。」そう、得意げに話しているところを偶然耳にしたんです。意地で続けていたような思いが一気に救われた気持ちになりました。一番傍にいる子供がちゃんと見てくれている、だからもっと頑張れる、と。
我が家には夫のものも併せて銀メダルと銅メダルはたくさんあるのですが、唯一金メダルがないんです。諭樹が心待ちにしてくれている金メダルを彼の首にかけてあげるまで必ずやりきろうと思っています。

自らの個性を味方に。

女性であっても、男性であっても、障害があっても、障害がなくても、みんな同じように人生は一度きり。ゲームのようにスイッチを切ってやりなおしというわけにいかないですよね。だから私はやりたいと思ったことを必ず口に出して行動したい。そもそもやってみなければやれるかどうかは分からないですから。そして何より、競技を通じてメディアで発信する機会に、障害は決して特別なものではないということを伝えたいです。私のように目が見えない、夫のように耳が聞こえない、というのは背が高い、肌の色が違う、という個性の一つ。バリアフリーの完璧なまちづくりをするよりも、困っている人がいたら手を差し伸べて言葉をかけ合えばそれでいいと思うのです。
走り幅跳びを通じて、たくさんの夢が叶ったけれど私にとってはまだまだ道半ば。人生の最後まで笑って楽しかったと言って終わりたいと思っています。

Profile
高田千明 Chiaki Takada

『パラリンピック / Paralympic Games』日本代表。走幅跳と100mの日本記録保持者。パラリンピックにおける障害クラスはT11クラスという視覚障害(全盲)クラス。2016年には「24時間テレビ」「人生が変わる1分間の深イイ話」等に出演しており、全盲のパワフルママさんアスリートとして、注目されている。
2018年 アジアパラ競技大会 走幅跳 銀メダリスト。2017年 世界パラ陸上競技選手権大会 走幅跳 銀メダリスト。2014年 アジアパラ競技大会 走幅跳 銀メダリスト。2011年 IBSA世界大会(※視覚障害者の世界大会) 200m 銀メダリスト、100m 銅メダリスト。
“動画でしか見られない高田千明さんはsealerdelsol公式youtubeチャンネルへ!sealer del sol youtubeで検索”