sealer del sol (シーラーデルソル)

Guapo!WEBマガジン[グアッポ!]

vol.28

食べて寝て、登って、食べて寝て、また登って。
生涯をかけて登ってゆく

フリークライマー小武 芽生

photographs / Shingo Maehara
text / Rika Okubo

クライミング界の若手ホープ、二十歳の小武芽生が語る
クライミングに、今思うこと。

Episode1

2020年東京オリンピックの正式種目に選ばれたクライミングは、現在日本が世界国別ランキングで四年連続トップと、まさに戦国時代に突入している。日本国内で勝てれば、ほぼ間違いなく世界で結果を出せる。それほどの強さを誇っている。

そんな中、2016年リードジャパンカップで二位、2016年クライミング・ワールドカップボルダリングで四位、2017年アジア選手権リードで三位、と着実に結果を収めてきているのが二十歳の大学二年生の小武芽生である。小学五年生で競技をスタート、競技生活10年目となる今年2017年は、野口啓代、野中生萌、尾上彩らのトップ選手達と肩を並べ国内外合わせ20もの大会を戦ってきた。会った瞬間驚いたのが、今時の私服に身を包む彼女が小さく華奢で、あの熾烈な競技を行うようには見えなかったことだ。

しかし、一度競技スタイルに身を包み、身体を動かし始めると、先ほどの女の子とは別人かのような意志とオーラを身に纏う。全身の美しい筋肉を力強く、しなやかに使って登り始める。地上にいる彼女は丁寧で、柔らかくふんわりとした雰囲気で、登っている強いイメージと対照的な姿が印象的だった。

「年子の妹がいて、土曜日の午前中に吹奏楽を始めたんです。土曜日に遊ぶ相手がいなくなったのがクライミングをはじめたきっかけで。母がみつけてきてくれて、地下鉄と徒歩で40分くらいのスクールに通っていました。やりはじめたらすごく楽しくて。最初に出た大会で優勝できたのもあるかもしれません。運動はもともと得意でしたね。騎馬戦の大将やっているようなタイプ。男の子の中に一人だけまざっている女の子みたいな感じでした。」

Episode2

「瞬発的に動くのは昔から得意だったんです。身長が小さいということもあるかもしれないですね。154cmで日本代表の中でも一番小さいくらい。足を残して届かなかったり、飛んでも届かないというようなこともあるのですが、小さいが故にボテ(※1)の間に収まれたり、狭さを感じずのびのびと動くことができたりします。

私自身バランスをとったり重心移動をしたりを得意としているんです。実はそこがクライミングの面白さでもあって、同じ課題(※2)でも、答えが一つじゃない。いかに自分のイメージ通り身体を動かして想定するルートで登りきるか?身長や得意不得意によって登り方を変えたり、とにかく自分のスタイルを持っていられる。リード(※3)で韓国のキム・ジャイン選手というトップ選手がいるのですが、私と身長が一緒なんです。小さい分不利なことも多いのに29歳になっても結果を出し続けていて、とてもすごい。自分と重ね合わせて見てしまいますね。」

小武は中学二年の時、初めての国際大会でリード二位、同じ年にジュニアオリンピックカップでリード二位と立て続けに表彰台を飾る。順風満帆な道を辿っていたが、このタイミングで、女子アスリートにとって魔の節目を迎える。

「中学三年生の時、成長期でいきなり体重が増えてしまって。本当に重たく感じるんですよ。今までできていたことが全然できなくなって、はじめてクライミングが楽しくなくなりました。でも、ここで休んだら終わり、弱くなってしまう、これを乗り越えられれば…と思っていました。」

高一になる頃には身体も落ち着き、筋肉がついて徐々に結果を取り戻すようになる。日本ユース、リードで一位。東京国体ではリード、ボルダ―(※4)ともに優勝と、勝利を掴む。ずっと好きで仕方なくて、やめようと思ったことは一度もなかった。

※1壁についたでっぱり、ホールドのこと。
※2どのホールドを使用して進むかを定めたルートのこと。
※3二人一組で行い、命綱にロープを付けて高い壁を登るフリークライミング。
※4比較的低いウォールをロープを使わず、自分の体だけで登る最もシンプルでなフリークライミング。

Episode3

クライミングは、“課題に勝つ”スポーツだという。「もちろん人を相手に戦うんですけど、人以前に課題と戦う。それを登ることができれば絶対勝てるというところがあるので、とにかく集中しきること。

私、集中するのがすごく得意だと思っていて。それが勝負強さにつながっているかもしれません。集中するという意識を持つことは、恐らく身体に直結してくるんです。

大会に意識を向けていると、身体が自然と焦点を合わせてくれるような気がします。私、大会前最後の調整の日に、必ずといって良いくらい調子が上がるんですよ。だから、何だかうまくいかないなあと思っても、気持ちを強く持って集中すれば絶対にうまくいくと思ってるんです。

不思議なんですけど大会の日は、トイレのスリッパが整っていないことも何となく気になって全部きれいに並べたりしちゃいます。ピアスも、右だけ空けてるんですがバランスが悪い気がして必ず外したり。気になることを全部なくして整えて、集中しようとしているのかもしれません。普段は、新しく買ったもののタグもそのままになっていたり、クライミング中に使うチョークの粉だらけのまま短パンを履いて帰宅したりするくらい大雑把だったりするんですけどね。

今年の年間ランキング上位選手は絶対的に強かったですが、その反面ボルダリングやリードは大会によって毎回課題が違うので勝てる選手が同じじゃないというようなこともあったりします。はまった選手が勝つというか…。だから何よりもまずは課題と自分自身。それもあって、選手同士皆とても仲が良いと思いますね。」

Episode4

来る2020年の東京オリンピックは、小武が23歳の年に迎える。

「もちろん出たいって思っていますけど、その前にワールドカップとか世界選手権とかいろいろ大事な試合があるので一つ一つきちんとこなして、最終的にそこに行きたいと思います。ワールドカップでも表彰台に立ちたい。いつも、もうちょっと、もうちょっとって思っています。アジア選手権で三位になった時も、嬉しかったけれどもうちょっと頑張っていれば優勝できたと思ったし、国体で優勝した時も、完登ではなかった。パーフェクトなパフォーマンスで勝ちたいんです。直接的なミスではなくとも、どこかで課題に負けたことが最終的な結果につながっていたりする。完全優勝でなければ悔しさが残ってしまう。」

クライミングの競技特性上、例え予想外のことが起きても自分の考えと感覚で前に進むことしかできない。 「感覚で動いたり、その時に合わせて考え方も凝り固まりすぎないようにして気持ちの持ちようをポジティブに持っていくのがいいなと思っているんです。辛い時も、1日1個でもいいことがあれば幸せじゃん、ご飯食べたら忘れちゃおうって。」

クライミングが大好きで、他の何より楽しいと語る小武に最後、クライミングを一言で表すと?と聞いてみた。すると迷わず「幸!」という答えが返ってきた。きっとどんなに歳を重ねても、どんな環境、どんな状況に置かれても、私多分一生登り続けるんです、と笑顔で。

Profile
小武 芽生 Mei Kotake

1997年5月18日生まれ、北海道札幌市出身。北海道山岳連盟所属。女子栄養短期大学食物栄養学科2年生。スポーツクライミング日本代表(ボルダリングA代表、リードB代表)。今シーズンから株式会社マイナビが結成した「マイナビクライマーズ」のメンバーとしても活動。2013年全日本クライミング・ユース選手権リード競技大会ユースA優勝。ボルダリングW杯は2016年中国・重慶大会4位、2017年中国・南京大会6位。好きな食べ物は自分で作る白玉。